日本100名城の城址スタンプ廻り、観光さんぽの城紹介編になります。ここでは甲府城/舞鶴公園について紹介しています!(2019年7月時点)
どんなお城?
【場所】 山梨県甲府市
【曲輪】 梯郭式
【地形】 平山城
【別名】 舞鶴城、一条小山城、赤甲城
【遺構・復元】鍛冶曲輪門、稲荷曲輪門、数寄屋櫓跡、稲荷櫓、天守台、本丸櫓跡など
甲府城は武田氏滅亡後、豊臣政権で武田氏館に代わる要所として築城された平山城で、徳川氏を抑える城として機能していました。その後徳川氏が天下統一をすると甲府城は江戸幕府の支配下に置かれ、将軍家の親藩が城主になる重要拠点となりました。
しかし徳川綱豊の後は将軍家親藩以外の柳沢吉保が城主になります。そして柳沢吉保が城主となった際、吉保は城を大幅に整備し、城下町も発展させました。しかし甲府城は享保で起こった大火で大きな被害を受けてしまいます。更にその後明治時代になると廃城となり、城内の建物は取り壊されてしまいました。
そんな甲府城は本丸櫓跡、天守台、鍛冶曲輪門などの建造物が遺構・復元されています。また城跡は舞鶴公園として開放され、武田氏館と合わせて甲府の観光スポットとなっています。
基本情報
将軍家親藩の城(日本100名城、25番)
羽柴秀勝、または浅野長政・幸長親子
1590年 羽柴秀勝
1591年 加藤光泰
1593年 浅野長政・幸長
1601年 平岩親吉
1603年 徳川義直
1616年 徳川忠長
1661年 徳川綱重
1678年 徳川綱豊
1705年 柳沢吉保
1873年 廃城
城主について
柳沢吉保(徳川綱吉の相棒)
生まれ 1659年1月10日
死没 1714年12月8日
柳沢吉保は1659年に柳沢安忠の長男として生まれました。本来長男なら吉保が柳沢の家督を引き継ぐ可能性が高いですが、母親が安忠の側室だったため家督は姉婿が引き継いでいました。しかしその後しばらくして姉婿から吉保に家督が引き継がれます。そして吉保は家督を継いだころから綱吉に仕えることになり、綱吉が将軍になると吉保も幕府の重臣へと出世していきます。そんな吉保の一門である柳沢氏は、河内源氏の流れを汲んだ武田氏の一門だったといわれていいます。
そして吉保は将軍直属として順調に出世をしていきますが、その吉保が有名なのは「側用人」という制度に初めてなった人物だったこともあります。この「側用人」はその他にもいくつかの呼び名がありますが、どの時代でも共通していえることは将軍の側近であり、相棒のような存在だったということがいえると思います。そのため吉保は順当に出世をしていきました。
そんな吉保は幕府と密接だった甲府城で初めて将軍の縁者以外で城主になった人物です。そのため吉保への家綱の信頼がそれだけ高かったんだなってことが伺えます。しかし吉保は家綱の側近中の側近で「側用人」という立場だったために実際に甲府城に住んでいるわけではありませんでした。しかし吉保は江戸にいながらも甲府城へ指示をして、その結果甲府城の内政は充実し城の設備は向上して城下町も広がっていきました。そういった吉保の手腕もあってか甲府城の住民から吉保の評判はよかったようです。
しかし吉保は賛否の分かれる人物でもあります。この理由としてまず生類憐みの令で有名な綱吉の相棒だったことが多いと思います。綱吉は悪政を行った将軍というイメージが強く、その綱吉の一番の側近となれば悪い人物として語られるのもわかります。また吉保は一介の武将から大老格まで成りあがったため、出世欲が強く出世のために様々な手を打った悪い人物という見方もできます。
では実際どうだったのかということですがまず出世を願っていたこと自体は普通なことでおかしいことではないかと思います。その上で吉保が必要以上に出世を望んでいたかというと実はそんなでもないようにも感じます。確かに大きく成り上がった人物ですが、将軍の一番の相棒ということを考えると吉保の出世はそれほど不自然な出世ではありません。また非情な手段で将軍の相棒でい続けたというには周りや同僚との確執、嫉妬が少なかったという印象をうけます。また将軍と一緒に悪政を行っていたかというとここも難しいところがあります。やはり一番の権力者は将軍であり、吉保は綱吉を抑えていた側だった可能性もあります。しかしここらへんは確定的なことは言えないところが難しいところです。
総括すると吉保は出世の割に周りとの確執が少なく、領民にも慕われ、甲府城の内政にも力を注いでいます。このことを考えると吉保はそこまで悪い人物ではなかったのではないかなって思います。また吉保は引き際がよく自分の地位に執着せずあっさりと隠居をしたいわれています。こういった出来事も吉保の人物像を考えるうえで手掛かりになるかと思います。
そんな吉保は文化人としての一面も持ち合わせていたようで和歌の才能があったといわれています。また吉保の下屋敷だった六義園は素晴らしい日本庭園として知られており庭園としての評価が高いようです。
見どころとイベント
ここでは甲府城/舞鶴公園の観光スポットを紹介していこうと思います。
その中でも遊亀橋→二重の石垣→稲荷曲輪門→稲荷櫓→数寄屋櫓跡→天守台→鉄門跡、銅門跡→山手御門→鍛冶曲輪門→本丸櫓跡をピックアップしています。
歴史や風景などを楽しめるスポットですのでぜひ目を通してみてください。
遊亀橋は甲府城の入り口にある橋です。渡っている最中は両側の掘りも眺めることができて、当時の人達が見ていた風景を感じることができるスポットとなっています。
甲府城ではとても多くの石垣を目にすると思います。その中でも時代の異なる石垣が見比べられる坂下門石垣や、石垣の奥に更に石垣が積まれた二重の石垣などが見どころです。
鍛冶曲輪門は鍛冶曲輪と楽屋曲輪を繋いでいる門で、門から中に入ると道が曲がって作られていて敵の侵入に備えられて作られていることが伺えます。
稲荷曲輪門は石垣の間に位置する門で稲荷曲輪と鍛冶曲輪との間を繋いでいます。享保の火災でも焼けず残っていたものを1964年に復元した門になります。
稲荷櫓は物見としてだけではなく江戸時代には武具蔵としても活用されていました。稲荷櫓があることで城としての雰囲気を感じることができる建物となっていますが、更に現在は内部が公開されているので無料で内部を見て回ることができます。
城の東側に建てられていた櫓で別名巽櫓(たつみやぐら)とも呼ばれていました。現在は櫓跡地となっていますが明治初年まで建物があったようです。
鉄門は平成25年と割と最近復元された門になります。そんな鉄門の櫓内は見学するができます。また付近にある銅門は現在復元されておらず銅門跡となっています。
山手御門は甲府駅の北口側にあり、甲府城の中でもひときわ存在感のある立派な門となっています。
天守台は登ると360度見渡すことができる景観が広がっています。また当時の野面積の石垣が残っていて天守閣はなくとも歴史を感じることができます。
本丸櫓跡は本丸だったため甲府城の中でも高い位置に作られています。現在櫓はありませんが、石垣で跡地が復元されていて甲府の街を見渡すことができ、当時の武士達の眺めていた光景を感じることができます。
周辺施設
甲府城/舞鶴公園の周辺には人気のスポットもたくさんあります。周辺施設、食事処、宿泊施設などを紹介していきます!
山梨県立美術館
山梨県立美術館はミレーの美術館として親しまれる美術館で、ミレーやバルビゾン派、ヨーロッパの風景画などが展示されています。
甲府市遊亀公園附属動物園
大正8年に開設され、100年以上続く歴史ある動物園です。動物を近くで見学することができ、来園者からによるエサやりイベントが開催されることもあります。
金櫻神社
金櫻神社は二千年前に金峰山頂に少彦名命を祀ったのが始まりといわれる神社です。御神宝は水晶「火の玉・水の玉」で、本殿に奉納されている昇・降竜も水晶を抱いています。そのため金櫻神社は金運のパワースポットとしても有名です。
湯村温泉
湯村温泉は戦国武将達が戦いの疲れを癒していたことで知られています。また太宰治や松本清張など文豪なども好み、美肌の湯としても有名な温泉です。
武田氏館
甲府駅の近くにある城で100名城にも指定されています。甲府城とともにぜひ一緒に周っておきたいスポットです。
奥藤本店 甲府駅前店
奥藤本店は甲府駅近くにあるそば、郷土料理のお店です。人気メニューは甲府の名物グルメでもある甲府鳥もつ煮で、甘辛く煮詰められたタレに癖のないレバーなど何種類かの鶏肉が味わえる一品となっています。
小作 甲府駅前店
小作は甲府駅近くにあるほうとう、郷土料理のお店です。人気メニューは甲府の名物グルメでもあるほうとうで、味噌ベースのスープに野菜や平たく太い麺が入っています。またほうとうは一般的なかぼちゃほうとうからカレーほうとうなど様々な味があります。
松林軒 月の雫
松林軒は180余年続く老舗和菓子店で名物は月の雫です。月の雫は甲州ぶどうを砂糖蜜で包み込んだ和菓子で、手作業で作られている一品となります。
美郷 甲州ワインビーフ
美郷は牧場から直接届いている牛肉を扱っている甲州ワインビーフの直売所になります。甲州ワインビーフの特徴は赤身の美味しさで直売所ではサーロインからタンまで豊富な部位を取り揃えています。
PRIVATESTAY HOTEL たちばな
5500円~宿泊できて甲府駅の近くにあります。部屋には高級ベットメーカーシモンズのベットが用意されていて、40型大型液晶テレビも設置されており大画面でテレビを楽しむことができます。
ドーミーイン甲府
7590円~宿泊できて甲府駅から少し離れた場所にあります。最高の景色を楽しむことができる露天風呂や落ち着ける部屋でくつろげる時間を過ごすことができます。
入場料や場所
1.甲府城稲荷櫓、2.舞鶴城公園管理事務所の2ヵ所に100名城スタンプが設置されてます。
【時間】 いつでも
【休み】 無休
【料金】 無料
【場所】 山梨県甲府市丸の内1-5-4
【アクセス】甲府駅→徒歩
【電話番号】055-227-6179
【時間】 9:00~16:30
【休み】 月曜日(祝日の場合は翌日)、年末年始
【料金】 無料
【時間】 9:00~17:00
【休み】 月曜日(祝日の場合は翌日)、年末年始
【料金】 無料
まとめ
甲府城は江戸時代に幕府の縁者が城主を務めていた重要な要所でもありましたが、城の歴史と同時に城に関わった人物にもとても興味が湧く城でもありました。
まず建城主も羽柴秀勝、または浅野長政・幸長親子説と分かれていますし、柳沢吉保も賛否が分かれる人物でもっと深く調べたいと思える人物でした。そのため城を知ると同時に関わった人物も気になってくるところも城の面白さのひとつなのかなって感じました。
また甲府城は周辺にも見どころもスポットが多く、近くには100名城に指定されている武田氏館もあります。そのため時間があれば甲府城とともに武田氏館も周っておきたいスポットです。
そんな甲府城は遺構・復元された建物も多く紹介した建物以外にも石切場跡、水溜など見どころも充実しています。また残された建造物だけではなく舞鶴公園もさんぽスポットとして親しまれ多くの人が訪れる場所となっています。
周辺の城
25.甲府城