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麒麟がくる/第24話【将軍の器】あらすじと感想(ネタバレあり)大河ドラマ/2020年

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f:id:a-map:20201230112911j:plain引用:NHK

前回のあらすじ

足利義輝に織田信長の上洛を依頼された光秀は信長の元を訪ねる。しかし光秀は信長に美濃攻めで忙しく上洛はできないと断られてしまう。


その後光秀は義輝の元を訪れる。そして義輝は光秀が信長の説得に失敗し連れてこられなかったことを察する。そのことにより義輝はもはや自分には全くなびく家臣がいないこと、また自分にはもはや何の力もないことを察する。


その後1565年、病死した長慶の息子が兵を率いて義輝のいる二条御所を襲撃する。

 

前回のあらすじ【第23話 義輝、夏の終わりに】

 

 

麒麟がくる/第24話【将軍の器】あらすじ

f:id:a-map:20201227161401j:plain引用:NHK

 

1565年京都で足利義輝が三好長慶の息子によって襲撃を受けた。そしてこの永禄の変で足利13代足利義輝はその30年の生涯を終えた。更に永禄の変によって将軍の座は空位となった。そんな中将軍を倒した三好一派は将軍の弟義昭を幽閉して自分たちが思いのままに操れる義栄を擁立しようとしていた。


その後松永久秀は義昭を興福寺から救出する。そんな中久秀の元をの元を光秀が訪れる。そして光秀は激怒した様子で久秀になぜ将軍を討ったと詰めよる。それに対して久秀はまさか息子たちがここまですると思わなかったと返答する。更に久秀は光秀に将軍の弟である義昭を匿っていると告げる。


そして久秀は光秀に朝倉義景から手紙がきていて光秀が来たら義昭に会って将軍の器かどうか確かめるよう勧めてほしいと書いてあったと伝える。更に手紙には義昭が将軍の器であったときはその身柄を越前で引き受けても良いとも書いてあったと続ける。それに対して光秀は驚いた様子を見せるが義昭に会って将軍の器か確かめることにする。


その後光秀は義昭の元を訪れると、そこに付き従っていた藤英と藤孝が現れる。そして光秀は2人と話しているとそこに義昭が現れる。そして義昭は光秀が義輝の信頼していた人物だと知ると挨拶をする。しかし義昭は弱々しい姿を見せ、自分は死にたくないと思い大和を出てきたが将軍の器では無いのではないかと思い始めていると告げる。それに対して藤英と藤孝は義昭を励まして屋敷の中へ連れて行く。そんな中光秀は義昭を見て何か思うようにじっと考え込んでいた。


その夜光秀は藤英、藤孝とともに酒を飲んでいたが、藤英も藤孝もおそらく光秀が感じたであろうことと同じことを感じたと言い、正直義昭が将軍の器ではないと感じていると告げる。しかし藤英たちはそれでも自分たちが義昭を支えていくから何とか義景に良きよう伝えてほしいと頼み込む。


その後越前に戻った光秀は義景に義昭とはどんな人物であったか、将軍の器が足る人物なのかと尋ねられる。それに対して光秀は義昭は将軍の器ではないと感じたとはっきり義景に伝える。それを聞いた義景は少し驚きながらも分かったと返事をする。


その後前久は帝に義栄を次の将軍に推薦する。

 

麒麟がくる/第24話【将軍の器】感想

f:id:a-map:20201227161406j:plain引用:NHK

 

今回は義輝が襲撃されて亡くなったことと次の将軍をどうするかという話でしたね。


まずは光秀ですが久秀に会いに行く際、義景に越前を出る許可を取りに行きました。そしてその際家老は光秀を久秀の元へ行かせるのは許可できないといった態度をみせましたが、義景は光秀を素直に認めて久秀の元へ行かせました。この時も思ったんですが義景は結構懐が深いところがあって国のリーダーとして1つの要因は兼ね備えているのかなと思いました。特に光秀が使える人物か使えない人物かを判断しようとしていたり、光秀の人脈、つまり将軍家また織田家などとの繋がりに強みがあると判断していたところは上に立つ者として必要な要素かなと感じました。そういったこともあり義景は最初こそ越前の領主としてまたリーダーとして資質がないかなと思いましたが、しばらく見ているとそんな事はなく一国一城の主だけあるんだなって思いました。


その後光秀が義昭に出会った時ですが光秀は正直義昭が将軍の器ではないと感じたようです。確かにあの様子を見て将軍にふさわしいと思う武士はいないでしょう。その後越前に戻った光秀は義景に義昭は将軍にふさわしいかと尋ねられます。それに対して光秀は正直に将軍の器ではないと返答しました。この長い間付き合いのある藤英や藤孝に頼まれたにもかかわらずやはり将軍として義昭がふさわしくないと感じたことを正直に言ったところは光秀の人柄を表しているなと感じました。正直ここは藤孝たちに肩入れするか、または自分に正直でいるかどちらの立場にも立っても難しいところですが、光秀が正直に義昭は将軍の器ではないと告げた事は仕方のないところだと思います。でも状況によってはやっぱりそうは言えないかもしれないので、ここではっきりと光秀が義昭は将軍の器ではないと言いきったところはさすがだなと思いました。


そして前久ですが伊呂波太夫に次の将軍推挙について相談しました。これについてですがそもそも将軍を決めるということに対して帝サイドと武士サイドでかなり温度差があるんだなと感じました。そして伊呂波太夫は武士がいなくなれば戦争がなくなると言っていましたが実際は武士がいなくなることでもっと世の中は混沌とすると思うのでちょっと伊呂波太夫が考えていることは現実味がないんじゃないのかなと思いました。また伊呂波太夫が将軍などどちらでもいいと言ったことも実際は将軍が誰になるのかで争いが起きてしまうのであまり軽く決めるべきことではなかったのかなと思います。そのためこの点については前久は相談する相手を間違えたのかなと思いました。


さて今回はそれぞれの立場が難しい状況にありそんな中光秀たちだけではなく関白という立場の前久にまでその火の粉が降りかかりました。それだけ将軍が誰になるかというのは重要だという事ですね。そして一旦は前久が義栄を推薦したことで話が進みそうですが、しかしこれが素直に決まるとは思えません。今後はさらに将軍の後継者争いが激しくなっていくと思いますがどのような流れでどういう決着になるのか気になるところですね。では引き続き先を見ていきたいと思います。

 

おまけ

f:id:a-map:20201227161414j:plain引用:NHK 

 

ドラマが終わった後に流れるおまけパートについてです。

 

★24話のおまけパート

今回は滋賀県甲賀市、公方屋敷跡と矢島御所跡についてでした。

 
将軍足利義輝亡き後、義昭は大和から和田谷に逃れてきました。和田谷は義昭の逃亡を助けた和田惟政(これまさ)の本拠地で伊賀から続く道沿いに築かれた狭い谷です。


そして和田城はいくつもの館や城がこの谷を守るように配置されていて、この谷が1つの城のように機能していたと言われています。その中には和田支城や公方屋敷支城などがありました。そして公方屋敷邸跡は義昭が隠まわれていた場所だと言われています。


その後現在の滋賀県守山市である琵琶湖畔守山に向かった義昭は少林寺に入り、その後ほどなく矢島御所が作られたと言われています。そしておよそ10ヵ月この地で暮らした義昭は還俗して流浪の日々を送りました。


交通

公方屋敷跡

JR「油日駅」下車、徒歩11分

 

矢島御所跡

JR「守山駅」からバス「矢島南口」下車、徒歩3分

 

次のストーリー【第25話 羽運ぶ蟻(あり)】

 

 

 

主な登場人物

下記の項目画像は[NHK ]からの引用になります


足利義輝(向井理)

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足利13代将軍で太平の世を夢見て尽力した。しかし晩年は家臣の進言を聞かずに思いのままに振る舞うようになり、家臣達の心が離れてしまう。そして永禄の変にて撃たれて30年の生涯に幕を降ろした


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